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2012年05月04日

ビデオ『奈良大和路古道紀行』全3巻 各52分 アートデイズ

☆ビデオ『奈良大和路古道紀行』全3巻 各52分 アートデイズ 
○・『斑鳩いかるがの道 聖徳太子栄光の足跡を訪ねて』52分 歴史ロマンの旅 
 昔斑鳩は政治・文化の中心地で多くの王宮も造られたし、聖徳太子ゆかりの地でもある。要衝の地。
1.城の町大和郡山から大和民俗公園 
 奈良盆地北の2つの河川に挟まれ発達した城下町、豊臣秀長等が治める、郡山城跡、今桜名所、追手門前に本家「菊屋」:和菓子屋、春岳院: 豊臣秀長菩提寺、郡山城下町:築地塀・東屋・水路端等復元、富雄川、矢田丘陵、県立大和民俗公園、博物館、里山の麓、18~19世紀の大和の古民家9棟、町屋集落より、国中集落より、宇陀・東山集落より、吉野集落より、道は上り坂、東明寺:、本堂、山門、舎人親王、山腹歩き、奈良盆地、 
2.地蔵信仰とあじさいの矢田寺 
 金剛山寺(矢田寺):かつての本尊は違うが今は地蔵、東明寺への道:、出迎え地蔵、地蔵信仰、弘法大師の石仏、左手に法杖・右手は阿弥陀印の矢田型、見送り地蔵、味噌なめ地蔵、大門坊、末法思想、千仏堂、鐘楼、あじさい60種8000株、矢田丘陵、 
3.松尾寺を経て石州流侘び茶の慈光院へ 
 松尾寺:本尊・千手観音、厄除け観音、慈光院、一之門、茨木城楼門、中庭、書院、片桐さだまさ、石州流茶道、上之間、
~旅の栞~東大寺散策、南大門:重層入母屋作り、中門、大仏殿:びる遮那仏、幾たびも再建、世界最大木造建築物、 
4.悲劇の舞台 法起寺 
 大和畝屋根、岡本宮跡:法起寺、三重塔、聖天堂、講堂、道を西にたどる、 
5.太子が愛した膳(かしわで)夫人の住居跡 
 法輪寺: 膳夫人の住居跡、三重塔、
6.「弥勒」の名刹 中宮寺  
 中宮寺:皇子の御所跡で荒廃、観世音弥勒菩薩半か像:国宝、天寿国曼荼羅繡帳、
~旅の栞~聖徳太子が眠る寺・叡福寺、多宝塔、太子道、金堂、結界石、
7.太子の夢の跡 法隆寺  
 重要文化財多し、世界最古の木造建築物、夢殿、法隆寺は再建されていた、南大門、美術史上重要、飛鳥様式、中門、金剛力士像、廻廊、五重塔、上層ほど屋根小さくして安定感、金堂、大講堂、薬師如来・月光・日光菩薩、西円堂、西室・三経院、地蔵堂、宝珠院、東院伽藍「四脚門」、絵殿・舎利殿、東大門、 

○・『山の辺の道 万葉と神話の故郷を行く』52分 歴史ロマンの旅  
 日本最古の道といわれる。大和の古道、三輪山麓から若草山に並ぶ春日山麓まで、奈良盆地東端の山裾を縫うように通っている。弥生時代後期には布留遺跡と纏向遺跡を結ぶ道と推測される。東海自然歩道。正確にはたどれない。
1.万葉に歌われた石神(いそのかみ)神社と神の剣 
石上神宮、「石上布留の神杉神さびし恋をもわれは更にするかも」万葉集、神剣、楼門、神杉、山之辺の道がすぐ脇を通る。摂社出雲健雄神社拝殿、拝殿、瑞垣に囲まれたところから遺物発掘、七支刀、「乙女らが袖振る山の瑞垣の久しき時ゆ思いきわれは」万葉集:柿本人麻呂、萱御所跡:後醍醐天皇行幸、その近くに本堂池だけ残存、永久寺跡: 石上神宮神宮寺:大寺院、芭蕉句碑「内山やとざましらずの花盛り」、峠の茶屋、乙木集落、夜都伎神社、「山之辺の道はるけく野路の上に乙木の鳥居朱に立つ見ゆ」東歌、拝殿萱拭屋根、
2.環濠集落竹ノ内と萱生(かよう) 
 竹ノ内環濠集落、展望ひらけ畑続く、萱生環濠集落、西山塚古墳、古墳多し、西殿塚古墳、継体天皇皇后手白香皇女衾田陵、展望よし、念佛寺:衾寺、「衾道を引手の山に妹を置きて山道を行けば生けりともなし」柿ノ本人麻呂・万葉集、
  3.大寺院の名残り長岳寺 
 長岳寺:弘法大師伝開基・かつて大寺院、楼門、本堂、阿弥陀如来三尊像、
無料休憩所:東海自然歩道トレイルセンター、茶サービス、周辺観光情報、
4.観音信仰と牡丹の長谷寺 
 ~旅の栞~長谷寺を訪ねて、長谷観音霊場、徳願上人勅願により楠彫った観音祀る、中世文学にも多い長谷寺参り、五重塔、「春の夜や篭りびゆかし堂の隅」芭蕉、400段登廊、きざはしのぼり現世の不浄を清める、牡丹、梅、桜、雪柳、山吹、しゃくなげ、あじさい、もみじ、
5.柿本人麻呂ゆかりの穴師の里 
 第十代崇神天皇陵、前方後円墳、外堀は灌漑用池として改修、景行天皇陵、春は桜、大和三山見える、三輪山、「三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなむ隠さふべしや」額田王・万葉集、穴師坐兵主神社、相撲神社、カタヤケシ、祠前に歴代横綱名前刻む石碑、車谷、巻向川、「ぬばたまの夜さり来れば巻向の川音高しもあらしかも疾き」柿ノ本人麻呂・万葉集、
水車、「あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ち渡る」柿ノ本人麻呂・万葉集、車谷の里、生駒山地、展望よし、矢田丘陵、桧原ヒバラ神社:本殿・拝殿なく背後の三輪山を拝する、三輪鳥居(三ツ鳥居)、ここから二上山見え展望最高、井寺池に映る三輪山、
6.大物主神(おおものぬしのみこと)の伝説と箸墓(はしはか)古墳  
 箸墓古墳(倭述述日百襲姫命墓)姫は大物主神と結婚したが、本当の姿を見てはいけないといわれたが、蛇の姿を見てしまい、腰を下ろしたとき箸で突いて死んだという、古墳は昼は人が作り、夜は神が作ったという、「いにしへにありけむ人もわが如か三輪の桧原にかざし折りけむ」「古の人の植ゑけむ杉が枝に霞たなびく春は来ぬらし」柿ノ本人麻呂・万葉集、玄賓ゲンピン谷、玄賓ゲンピ庵、はじめ桧原谷にあったが明治期移転、謡曲「三輪」舞台、この坂上ると狭井神社:疫病の神、拝殿、4月の祭は薬草添えられる、狭井の御神水、大美和の社展望台より天の香具山、畝傍山、耳成山、門前町の桜井市三輪の地が広がる展望、坂下ると久延彦神社、おだまさ杉、
7.大神(おおみわ)神社から古代の市場・海柘榴市(つばいち)へ  
 大神神社:大和一ノ宮:三輪明神、二の鳥居、参道、祓戸社、大鳥居、拝殿、巳の神杉、金屋の石仏:弥勒如来像・釈迦如来像・国重要文化財、海柘榴市:日本最初の市、海柘榴市跡、竹ノ内街道、 

○・『柳生の道 』52分 歴史ロマンの旅  
 剣豪の道と呼ばれるが、多数の石仏があることから振興の道であり、生活道であることが分かる。奈良市春日山の新薬師寺から柳生の里への道。東海自然歩道。
 1.萩が咲く天平の名刹 新薬師寺 
 春日山は伐採禁止で太古の原生林が残る。鶯の滝:昔水滴が氷を叩き鶯のようだったといわれる。コスモス。稲穂。新薬師寺、天平期古寺、萩、本堂:屋根裏なく天井見せる国宝、747年光明皇后建立、鐘楼、落雷多く立ち枯れる木多し、薬師如来像、十二神将、地蔵堂、十一面観世音菩薩、
2.石畳と石仏の滝坂道 
 新薬師寺から春日山へ伸びる道、能登川、石畳、滝坂道、寝仏:だ尾に地如来像、夕日観音、三体地蔵:弥勒菩薩像、朝日観音:弥勒菩薩像、首切り地蔵:荒木又衛門試し斬り伝、 
3.春日山石窟仏と地獄谷石窟 
春日山石窟仏(穴仏)、地獄谷石窟(聖人窟)、石切峠、峠の茶屋:鉄砲・槍・酒徳利、上誓多林集落、茶畑、五尺地蔵尊、 
4.忍辱山(にんにくせん)円成寺と平安朝の余韻 
 地蔵多数、北大和五山(鹿野苑、菩提山、忍辱山、大慈山、誓多林)、忍辱山円成寺、浄土式庭園、楼門、本堂:重要文化財、阿弥陀如来、多宝塔、大日如来像:若い運慶作伝、十一面観音像、扉絵、白山堂・春日堂:国宝、キキョウ、カエデ、
5.大柳生から阪原(かえりばさ)の集落へ 
白砂川、夜支布(ヤギュウ)山口神社、拝殿、太鼓踊り:雨乞いの名残→現在大柳生神社でのみ残る、立磐神社、大柳生の集落、阪原の集落、南明寺、十三重石塔、宝経印塔、阿弥陀如来坐像、おふじの井戸:柳生但馬守とおふじの出会いのとんち話、柳生と大柳生の分岐、阪原峠、疱瘡地蔵、
6.剣豪一族の夢の跡「柳生の里」  
 柳生の里、柳生宗矩、沢庵和尚、柳生陣屋跡、石垣再現、公園、八坂神社、旧柳生藩家老屋敷:小山田主鈴→のち山岡荘八購入→奈良市寄贈・一般公開、
7.沢庵和尚の芳徳禅寺  
 今川、もみじ橋、霊験坂、正木坂剣道場、ふくろ刀、柳生新陰流、芳徳禅寺:1638年建立、資料館、兵法書、柳生家墓所、まんねんけい、天乃石立神社、一刀石:伝柳生宗厳石舟斎が天狗を切ると巨岩が割れていたという、

  


Posted by 兵藤庄左衛門 at 15:03Comments(0)

2012年05月04日

VHS『歴史の道百選 中山道』全4巻 TDKコア

☆VHS『歴史の道百選 中山道』全4巻 TDKコア 
・『歴史の道百選 中山道 第1巻 碓氷峠越え』(坂本宿~碓氷峠~追分宿)約37分  
 全行程12km、緑豊かな古街道、
碓氷関所跡、おじぎ石。四大関所の一つ、資料館、松井田町、石垣、総欅作り、唯一現存復元門、御関所廃止届、 1’07”経過開始
 坂本宿~五料の茶屋本陣、五料村、上段の間、青面金剛塔1740年建立、夜泣き地蔵、茶釜石(叩くと金属的な音)、中山道540km、69宿、間口の狭い家、千本格子、江戸から17番目、旅籠や多い、3’24”
 堂峰番所跡、かつては見晴らしよく関所破りを見張っていた遠見番所、門の土台石、ヒメジョオン~刎石ハネイシ坂、柱状節理、石仏群~上り地蔵・下り地蔵、常夜灯~三枚石、8’06”
 覗のぞき~風穴~ 坂本宿を見下ろせる、12’05”
 刎石茶屋跡、h793m 刎石山山頂の四軒の茶屋跡石垣、~弘法の井戸~座頭ころばし、湿った土と石ころ~ 13’38”
山中茶屋跡、峠の真ん中で13軒立場茶屋、安政遠足トオアシ(安中藩、日本最初のマラソン)、17’37”
 碓氷峠~熊野(皇大)神社、狛犬、風車石像1688年、本殿3つ。上州・信州国境、古鐘(鎌倉期)、シナの木御神木~金原やぶ(金原忠魂碑)~思婦石(ヤマトタケル伝説)~一つ家の歌碑~碓氷川水源、ワサビ田~碓氷峠見晴台、狼煙台、浅間山、万葉集の歌碑~碓氷峠遊覧歩道、ミツバウツギ、クワガタソウ~二手橋にて~ h1200m 、18’58”
軽井沢宿~追分の一里塚、江戸から40番目~ つるや旅館と周辺土産物屋に古い面影、29’37”
 追分宿、本陣跡、本陣石垣~追分の分去れワカサレ、石道標、常夜灯、歌碑、石造物群、追分節発祥地、~浅間神社、枡形の茶屋~ 31’09”
陽春から秋の歴史と叙情、きつい坂のトオアシハイキング。

・『歴史の道百選 中山道 第2巻 鳥居峠越え』(奈良井宿~鳥居峠~薮原宿)約34分  
 中仙道、石畳、
贄川ニエカワ関所、曲物や漆器取り締まり、白木改め、女改め、口留番所、1’18”経過開始  
 八幡神社、奈良井宿手前で二百地蔵、杉並木、2’25”   
 奈良井宿~奈良井五カ寺(大宝寺、専念寺、法然寺、長泉寺、浄龍寺)庭園~水場~鍵の手(敵への防御、火災防止)~中村邸(櫛問屋、間口狭い、出し張り作り、小屋根、鎧庇、吊り金具で吊る当宿場のみ、看板吊る飾り屋根、袖壁、くぐり戸、通り土間・店・勝手・中の間・座敷・裏庭)~高札場~、天保から弘化年間の建物多い、国の重要伝統的建造物群保存地区、奈良井千軒、漆器・曲物、楢川村、漆塗り材料の錆び土産出、 3’28”  
 鎮神社、奈良井村鎮守、峠越え安全祈願、石仏群、 15’10”  
 中の茶屋、 石畳復元、18’07”  
 葬ホウムリ沢、木曾氏と武田氏の古戦場で敗れた武田武将500人の亡骸を葬ったという、木曽路一の難所、旧国道合流、18’36”   
 子産みの栃、頂上手前、子宝に恵まれない人が木の穴に捨てられた子を育てて幸せになったという伝説があり、この栃の実を煎じて飲むと子宝に恵まれるという。 23’45” 
 鳥居峠、h1192m、戦国期、木曾氏が戦勝祈願を峠で行い勝利したので鳥居を建立したことに由来する。御岳遥拝所、石碑、 24’22” 
 丸山公園、峠を薮原側に少し下ったところにあり、芭蕉句碑もある。25’36”  
 薮原宿、江戸から36番目、タガソデソウ、つげのお六櫛、木祖村、 29’24” 
 春夏秋最適な歴史と自然のハイキングコース。

・『歴史の道百選 中山道 第3巻 馬籠峠越え』(妻籠宿~馬籠峠~馬籠宿)約34分  
羅天、野尻と三留野の迂回路の古道:与川道から妻籠宿を経て馬籠宿(島崎藤村の故郷)への馬籠峠越え、木曽川、木曽名所図会、木曽の桟カケハシ、国道19号線(旧中仙道)、
与川道、~ウツギ、阿弥陀堂、竜のひげ(ジャノヒゲ)~松原御小休所マツバラゴコヤスミジョ、ヤマサギゴケ、ツルキンバイ、キバナノヤマオダマキ、中山道に合流、3’03”経過開始  
 三留野宿:江戸から41番目・長さ2丁15間230m余594人77軒旅籠32本陣脇本陣各1、~本陣跡、枝垂れ梅~等覚寺、円空仏:弁財天十五童子像・韋駄天~、9’40”   
 上久保の一里塚、妻籠宿手前、江戸から78番目、11’15”  
 妻籠宿ツマゴ:南木曾町:江戸から42番目、~口留番所跡近く、鯉岩、木曽名所図会~妻籠宿本陣(復元、上段の間、)~脇本陣奥谷~歴史資料館、和宮から拝領した車付長持~ギンモクセイの大木:長野県指定天然記念物、だし張り作り~上了子屋、牛つなぎの鉄環~松代屋、御嶽講のまねき板、厩ウマヤ~上嵯峨屋:木賃宿~下嵯峨屋・板葺き・石置屋根~、重要伝統的建造物群保存地区、 12’42”  
 男滝オダル・女滝メダル、~石畳道、さわらの大木:樹齢300年、神居木カモイギ・神居座~、20’29”  
 白木改番所跡シラキアラタメバンショ、一石栃イチコクトチの番所跡、木曾五木(ひのき、さわら、あすなろ、こうやまき、ねずこ)伐採禁止の木材取り締まり、~立場茶屋、茶屋の人たちの墓所~、22’48”   
 馬籠峠マゴメh801m、~正岡子規句碑、コアジサイ、熊野神社~峠集落、十返舎一九歌碑~、 24’18” 
 馬籠宿714人、島崎藤村実家は本陣・問屋・庄屋、~藤村記念館(本陣跡)、馬籠本陣礎石~、28’14” 
 新茶屋、立場茶屋、江戸から83番目一里塚、~一里塚~藤村碑「是より北木曽路」信濃美濃国境~芭蕉句碑、落合の石畳~、30’35”
  
・『歴史の道百選 中山道 第4巻 東美濃路』(落合宿~三城峠~御嵩宿)約35分  
岐阜県中津川市の落合宿から中津川宿、大井宿、大湫宿オオクテ、細久手宿、御嵩宿ミタケまで。国道19号線、21号線沿いで、中津川市、恵那市、瑞浪市、御嵩町。緑豊かな歴史の道。
「是より北、木曽路」藤村石碑、新茶屋、木曽(長野県)と美濃(岐阜県)境、
落合の石畳、十曲峠、ヒトツバタコの木(ナンジャモンジャ)、1’52”経過開始  
 医王寺、山中薬師、十返舎一九「木曽街道続膝栗毛」、きつねこうやく:看板、版木、効能書き、落合川、~下桁橋:木曽街道六十九次・広重画~、4’35”   
 落合宿、江戸から44番目で美濃国最初の宿、本陣の井口家の門は加賀藩より贈られた物、6’15”  
 大井宿、江戸から46番目宿、本陣内樹齢300年以上松老木、7’21”  
 西行苑、西行亡くなるまでの3年間過ごす、~西行塚、七本松坂~槙が根~一里塚~西行の森、恵那山展望、百種類桜~槙が根追分、石道標「右西京大阪 左伊勢名古屋(下街道) 道」~下街道:幕府から通行禁止令~乱れ坂~乱れ橋~紅坂ベニ~深萱フカガヤの立場跡、立場本陣~、8’09”  
 三城峠ミツジロh382m、展望よく近くの三つの城(権現・奥の権現・藤城)が見えたので、~樫の木坂~権現山~一里塚~阿波屋の茶屋跡~三十三観音~尻冷し地蔵、しゃれこ坂、やまなみ坂、寺坂、十三峠越え終わり~、14’27”   
 大湫宿おおくて、天保期人口338人、家66軒、本陣・脇本陣各1、旅籠30軒、格子戸・虫籠窓・土塀、~大湫宿脇本陣~神明神社、神木樹齢1200年杉~観音堂~、 18’23” 
 琵琶峠、石畳、頂上から伊吹山・鈴鹿山脈・加賀の白山展望、~弁財天の池~、21’18”
細久手宿:256人65軒本陣脇本陣各1旅籠24、尾張藩本陣・大黒屋は昔からの旅籠・箱階段、~鴨之巣一里塚コウノス、ドクダミ、ウツボグサ、ノアザミ~謡坂うとうざか御殿場:皇女和宮休憩所、ラベンダー~一呑の清水ヒトノミ~耳神社、願成就で年齢分のキリをすだれに編む~、さいと坂下る、和泉式部廟所~、24’08” 
 御嵩宿、大寺山願興寺(開創平安時代)に江戸期初期領地が与えられ門前町として栄えた、~御嵩宿本陣~願興寺:国重要文化財~、31’12” 


  


Posted by 兵藤庄左衛門 at 15:01Comments(0)古道

2012年05月04日

ビデオ『歴史の道百選 東海道』全3巻 TDKコア 

☆ビデオ『歴史の道百選 東海道』全3巻 TDKコア 
箱根、小夜の中山、鈴鹿峠を紹介している。いつか行ってみたくなる光景だ。もっとも古道らしいところをうまく見せている。歴史的紹介も手際よい。
○・『歴史の道百選 東海道 第1巻 箱根路』(箱根湯元~箱根峠~三島宿)約35分  
箱根旧街道は小田原宿から芦ノ湖畔、箱根宿を経て箱根峠を越えた三島宿までの八里30kmで、遺跡や石畳が多く歴史の面影が色濃く残る古街道である。
箱根湯本、小田原から4km、早川に架かる三枚橋からはじまる。~早雲寺:北条早雲遺言で作られた、北条文化、北条五代の墓、北条早雲像、枯山水香爐峰(北条幻庵作)、鳴き方独特ヒメハルゼミ~正眼ショウゲン寺、地蔵信仰、石仏石塔、曽我堂、曽我五郎槍突石、箱根旧街道、ハコネサンショウウオ~大沢坂、石畳、江戸期のもの~、 1’18”経過開始
 畑宿、箱根寄木細工発祥地、シーボルト絶賛、間の宿 ~畑宿の一里塚、23里目、石畳、排水路の石畳~甘酒茶屋~お玉坂、1702年処刑~、6’32”
 お玉ヶ池、那津奈可池なづながいけと言われていたが関所破りで処刑されたお玉にちなんで名がついた~白水坂(城見ず坂)秀吉軍勢が北条軍から攻撃受け城を見ずに退却したため伝~天ヶ石坂~休憩広場:二子山展望、♫箱根馬子唄♬~権現坂、ここから下り坂、芦ノ湖~湯坂道(鎌倉古道)、アジサイ、芦ノ湖~、11’06”
 箱根神社、もとは箱根権現、関東の鎮護神、山岳信仰、18’19”
 箱根杉並木、650m区間残存、樹齢350年の杉は生育に適さない松から植え替えられたと推定される、 19’17”
箱根関所跡、昔山裾が芦ノ湖に最も迫っていた場所に設置、箱根関所資料館、20’37” 
 箱根宿、幕府が小田原と三島から50戸ずつ移住させて開設、今も町名に小田原町、三島町が残るが往時の面影はない、本陣跡:箱根ホテル前の楓の木:樹齢400年~芦川の石仏~向坂~ 、21’47”
箱根峠、西坂、箱根竹、元はキセルの原料で箱根峠道に敷いていたが労力が大変なので石畳にしたという~兜石坂~施行平、ウツボグサ、ホタルブクロ~念仏石、自然石に南無阿弥陀仏と刻む~願合寺の石畳、ニホンミツバチの巣~雲助徳利の墓~、23’01” 
 山中城跡、畝堀、北条氏築造、秀吉小田原征伐落城、障子堀、本丸跡、矢立の杉~宗閑寺、豊臣と北条武将の墓~富士見平、「霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き」芭蕉~上長坂地区の石畳~こわめし坂、馬頭観世音~錦田の一里塚、約1km松並木~ 28’06”
三島宿、江戸から12番目、旅籠屋多く70~80軒、樋口本陣門(円明寺)、世古本陣門(長園寺)、三島宿風俗絵屏風:三島信用金庫蔵~三島御殿神社:御殿の屋敷神~三嶋大社~ 31’43” 

○・『歴史の道百選 東海道 第2巻 小夜の中山道』(島田宿~大井川~日坂宿)約34分  
 川留めでも賑わった島田宿から越すに越されぬ大井川を渡り金谷宿を経て小夜の中山峠越えで日坂宿への行程。徳川幕府政策により大井川には徒歩渡りしか許可しなかった。
島田宿、最大28日間の川留め記録がある。松尾芭蕉も4日間川留めされた。~大井川川越遺跡:川会所(川越業務を管理運営した所)・蓮台・~塚本家跡:松尾芭蕉逗留・連歌「やわらかにたけよことしの手作麦」如舟「田植とともにたびの朝起」芭蕉~朝顔の松:「朝顔日記」近松門左衛門作~  1’18”経過開始
 大井神社、島田宿氏神、川越安全祈願、土手石垣・平石橋・川越制度廃止後失業した人足や幕府役人は牧之原開墾茶農家 5’09”
 大井川、川越人足、川越し制度1696年、~蓬莱橋:1879年完成の木橋~ 6’14”
 金谷宿、東橋、川留めでも栄える、川を渡ると水祝いと称して酒を酌み交わしたという、佐塚本陣跡、~不動橋:宿西木戸~金谷坂:平成石畳復元、すべらず地蔵:平成~牧之原公園:周辺茶畑~ 8’12”
 諏訪原城跡、1569年信玄砦築く、甲州流築城術、1575年家康によって落城、本丸跡~菊川坂(菊坂):石畳復元~ 13’29”
 菊川の里:間の宿、頼朝・藤原宗行・日野俊基等が通った、詩碑、石道標:遠江三十三箇所観音霊場巡り、 14’52”
 久延寺、山内一豊が境内に茶室を設け関が原に向かう家康を接待したという、そのとき利用した御上井戸、家康手植え五葉松、 19’05”
 小夜の中山公園、歌枕名所:「年たけてまた越ゆべしとおもひきやいのちなりけり小夜の中山」西行・「旅寝するさよの中山さよ中に鹿ぞなくなる妻や恋しき」橘為仲朝臣、狭い谷さやが語源、~小夜鹿サヤカの一里塚~涼み松:「命なりわずかの笠の下涼み」芭蕉~夜泣き石跡:安藤広重「東海道五十三次日坂夜泣き石図」レリーフ、2つの夜泣き石:小泉屋裏と久延寺、夜泣き石伝説・山賊に殺された妊婦の子が飴で育ち仇を取った等~扇屋:子育て飴・川島ちとせ~沓掛七曲り:急坂~  20’58”
 日坂宿、旅籠屋33軒の小さい宿場、本陣扇屋跡、1852年大火、~相伝寺:秋葉山常夜灯:天保十・槙の木~旅籠:川坂屋:大火直後建物で江戸期唯一残る~常現寺:1501年創建・旅人の無縁仏多し~  28’41”  

○・『歴史の道百選 東海道 第3巻 鈴鹿峠越え』(関宿~鈴鹿峠~土山宿)約35分  
三重県と滋賀県境の鈴鹿峠、東の箱根と並び難所、
関宿、関町、日本書紀にも名がある関、47番目宿、東の追分:伊勢神宮一の鳥居、伊勢別街道分岐15里、20年に一度のせき年新宮、石道標、建立・行基伝:地蔵院・愛染堂:重要文化財、地蔵院庭園、瑞光院、権現柿、ご馳走場:地元役人等出迎え用、東西1.8km宿場町歴史的景観保存、むくり屋根:楕円形屋根、塗籠(ぬりごめ):土蔵風漆喰塗り、環金具、揚げ店(ばったり)、関まちなみ資料館、町屋建築、箱階段、部屋三間、裏庭、土蔵、関宿旅籠玉屋歴史資料館:玉屋は今なら高級旅館・安藤広重「東海道五十三次」にも描かれる・広い土間は台所・離れは欄間等高級特別室、深川屋ふかわや寛永年間創業和菓子屋・和三盆:こしあんをぎゅうひで包み白くまぶし鈴鹿の峯に積もる雪に見立てた、関の戸:荷担箱、西の追分:左大和街道・右東海道鈴鹿、 
沓掛の集落、のどかな田園風景、 
 坂下宿、街道有数の宿場、大竹屋本陣跡:大本陣、岩屋観音:高さ18m巨岩に掘られた穴に3体石仏安置、古町(旧坂下宿):1650年代洪水壊滅、サツキ、 
 片山神社、鈴鹿権現・鈴鹿明神・峠越え安全祈願、3常夜灯:享保・文化・延享、ここから鈴鹿峠越え急坂八丁27曲がり約1km、「ほっしんの初にこゆる鈴鹿山」松尾芭蕉、「憂き世をよそにふり捨てていかになりゆくわが身ならなむ」西行、頂上手前広場は茶屋跡、寛永期8軒茶屋、 
 鏡岩、茶屋跡から脇道進むと鏡岩:姿見伝説・盗賊見張り場伝、田村神社跡:征夷大将軍坂之上田村麻呂鬼女または山賊退治伝説、 
 鈴鹿峠、茶畑、土山町立歴史民俗資料館、茶壷、一大産地、
 万人講常夜灯:巨石3千人奉仕造った、穏やか坂道、鈴鹿馬子唄、一里塚緑地、のどかな田園風景、 
 田村神社:土山宿入口:坂之上田村麻呂鬼女退治伝説:厄除け、 
 土山宿:あいの土山のあいは坂下と相対するか間の宿からという、古代から近江と伊勢を結ぶ交通の要衝、土山本陣、関札多数保存、宿帳、上段の間、街道分岐点多し、石道標、御代参街道は伊勢参拝後の多賀大社参詣利用・あんらく峠・豊臣秀吉も通行、 

  


Posted by 兵藤庄左衛門 at 14:57Comments(0)古道